音の物理 短編教科書
波動方程式と音速
空気の小さな塊にニュートンの運動方程式を当てはめるだけで、音の速さと伝わり方が導ける
はじめに:この教科書で得るもの
この教科書のゴールは、空気の小さな塊にニュートンの運動方程式を当てはめるだけで「音は約 343 m/s で、形を崩さずに伝わる」ことを導くことです。音の正体は、空気の塊が隣の塊に押されて揺れる、その連鎖です。
使う物理の材料は3つだけです。
- 力:圧力の差が空気を押す(第2章)
- 連続の式:空気が縮むと密度が上がる(第3章)
- 状態方程式:密度が上がると圧力が上がる(第5章)
この3つを第4章でつなぐと、次の波動方程式ができます。第6章でその解(ダランベールの解)を読み解き、第7章で途中の微分・2回微分が何を意味していたかを整理します。
上の3つはそれぞれ独立した物理の事実で、第4章のチェーンルールがそれらを1本の式にまとめます。
第1章 準備:登場する量と、その大きさ
音は「大きな静止状態の上に乗った、ごく小さな揺らぎ」です。94 dB の大きな音でも、音圧 1 Pa は大気圧の約10万分の1しかありません。この「小ささ」が、あとで近似を使える根拠になります。
| 記号 | 意味 | 単位 | 空気での目安(20°C) |
|---|---|---|---|
| x | 静止しているときの空気の位置 | m | — |
| u(x, t) | 位置 x の空気が、時刻 t にずれている量(変位) | m | 94 dB・1 kHz で約 0.5 μm |
| ρ₀ | 静止時の密度 | kg/m³ | 1.2 |
| ρ(x, t) | その瞬間の密度 | kg/m³ | ρ₀ ± 0.00001 程度 |
| P₀ | 大気圧(一定) | Pa | 101,325 |
| P(x, t) | 全圧 = P₀ + p | Pa | — |
| p(x, t) | 音圧(全圧のうち変動している分) | Pa | 94 dB で 1 Pa、0 dB で 0.00002 Pa |
| S | 考える空気の柱の断面積 | m² | 最後に消える |
| c | 音速 | m/s | 343 |
ここで注意したいのは、u は「波」ではなく「空気そのもの」の動きだということです。空気はその場で前後に 0.5 μm ほど揺れるだけで、どこかへ流れていくわけではありません。遠くまで 343 m/s で進むのは「揺れのパターン」の方です。空気の揺れる向きと波の進む向きが同じなので、音は縦波です。
第2章 力:圧力の「差」が空気を動かす
結論:空気の塊を動かすのは圧力そのものではなく、左右の圧力の差(圧力勾配)です。そのため大気圧 P₀ は計算から消え、音圧 p だけが残ります。
空気の薄い板を考える
断面積 S の管の中で、静止時に x から x + Δx までを占める薄い空気の板を考えます。体積は SΔx、質量は ρ₀SΔx です。この質量は、板がどう動いても変わりません。
- 左の面は、左側の空気から右向きに P(x) × S の力で押される
- 右の面は、右側の空気から左向きに P(x + Δx) × S の力で押される
右向きを正とすると、板が受ける力の合計は次のとおりです。
P₀ が打ち消し合うので、全圧で書いても音圧で書いても同じ力になります。教科書によって書き方が2通りあるのはこのためです。
運動方程式にする
「質量 × 加速度 = 力」に当てはめます。加速度は変位 u を時間で2回微分したものです。
両辺を SΔx で割り、Δx → 0 とします。−p(x+Δx)+p(x) は「x から少し右へ進んだとき、圧力がどれだけ下がったか」なので、Δx で割ると傾き ∂p/∂x の符号を反転したもの、つまり −∂p/∂x になります:
この式が言っていること
- 断面積 S が消えた:管の太さに関係なく成り立つ。単位体積あたりの運動方程式になっている
- ∂p/∂x は圧力勾配(1 m 進むと圧力が何 Pa 変わるか)
- マイナス記号:空気は圧力の高い方から低い方へ押される
B では右へ行くほど圧力が下がる(傾きが負)ので、左の高圧側に押されて右へ加速します。C はその逆です。A のように傾きが 0 の点では左右の圧力が釣り合い、力は 0 です。94 dB・1 kHz の例では、B での傾きは約 −26 Pa/m です。
上のアニメーションは、上のグラフを時間とともに動かしたものです。オレンジの空気の層に注目すると、左の圧力が高いときは右へ、右の圧力が高いときは左へ押され、その場で前後に揺れ続けます。密(高圧)や疎(低圧)の真ん中に来た瞬間は、左右の圧力が釣り合って力は 0 になります。
数字で見る
94 dB・1 kHz の音(音圧のピーク約 1.4 Pa、波長 34.3 cm)では、圧力勾配のピークは約 26 Pa/m です。これを ρ₀ = 1.2 で割ると、加速度は約 21 m/s²。重力加速度の約2倍です。それでも空気が 0.5 μm しか動かないのは、1秒に1000回も向きが反転するからです。
第3章 連続の式:変位の「傾き」が密度を決める
結論:密度を決めるのは変位 u そのものではなく、u の傾き ∂u/∂x(どれだけ引き伸ばされたか)です。
板の厚さの変化
第2章の板は、静止時には厚さ Δx でした。空気がずれると、両端はそれぞれ次の位置に移ります。
- 左端:x + u(x)
- 右端:x + Δx + u(x + Δx)
なので新しい厚さ(右端の位置 − 左端の位置)は次のようになります。−u(x+Δx)+u(x) は「左端が右端よりどれだけ多くずれたか」で、正なら板は縮み、負なら伸びます:
質量は変わらない
板の中の空気の量(質量)は、伸びても縮んでも同じです。「静止時の質量 = 今の質量」とおくと:
最後の ≈ は、小さな数 ε に対して 1/(1 + ε) ≈ 1 − ε となる近似です。音では ∂u/∂x が非常に小さいので、ほぼ誤差なく使えます。
この式が言っていること
- ∂u/∂x > 0(右ほど大きくずれる)→ 板が引き伸ばされる → 密度が下がる(疎)
- ∂u/∂x < 0 → 板が押し縮められる → 密度が上がる(密)
- 空気全体が同じだけずれても(u が一定)、傾きはゼロなので密度は変わらない
数字で見る
94 dB・1 kHz では、∂u/∂x のピークは約 0.00001 です。つまり空気は10万分の1だけ伸び縮みしていて、密度の変化は 1.2 × 0.00001 ≈ 0.000012 kg/m³ になります。第1章で「小さな揺らぎ」と言ったのは、この大きさのことです。
第4章 チェーンルールで波動方程式を導く
結論:第2章(力)と第3章(密度)を「圧力は密度で決まる」という関係でつなぐと、変位 u だけの方程式、つまり波動方程式になります。
問題点:式の言葉がそろっていない
第2章の運動方程式には圧力 p が、第3章には密度 ρ が出てきます。このままでは組み合わせられません。そこで「圧力は密度の関数 p(ρ)」と考えて、p の変化を ρ の変化に言い換えます。
チェーンルール(連鎖律)
分母と分子に同じ量 [−ρ(x+Δx)+ρ(x)] を掛けて割ります。値は何も変わっていません。
Δx → 0 とすると、1つ目の分数は「密度が変わったときの圧力の変わり方」dp/dρ に、2つ目は −∂ρ/∂x になります。これは合成関数の微分そのものです。
「x が変わると ρ が変わり、ρ が変わると p が変わる」という2段階の変化を、掛け算でつないでいます。
連続の式を代入する
第3章の ρ = ρ₀(1 − ∂u/∂x) を x で微分すると、ρ₀ は定数なので:
これを運動方程式に入れると、マイナスとマイナスが打ち消し合います。
dp/dρ は静止状態(ρ = ρ₀)での値を使うので定数です。単位は Pa ÷ (kg/m³) = (m/s)² で、速さの2乗になっています。そこで c² = dp/dρ とおくと、波動方程式が完成します。
この式が言っていること
- 左辺:空気の加速度
- 右辺:変位のグラフの曲がり具合 × c²
- 「変位のグラフが強く曲がっている場所ほど、空気は強く加速される」(第7章で詳しく)
おまけ:音圧と変位の関係
密度の変化が小さいとき、p ≈ (dp/dρ)(ρ − ρ₀) = c²(ρ − ρ₀) です。第3章の式を使うと:
マイクが拾う音圧は、空気の変位ではなく「変位の傾き(ひずみ)」に比例している、ということです。
進行波では、音圧と粒子速度が比例する
右へ進む波 u = f(x − ct) では、∂u/∂t = −c f'、∂u/∂x = f' なので、∂u/∂x = −(1/c) × ∂u/∂t です。これを上の式に入れると:
音圧と粒子速度は同じ形で動き、その比 ρ₀c(空気で約 413 Pa·s/m)でつながっています。一方、変位 u は 1/4 周期遅れて動きます。
第5章 音速と断熱:dp/dρ = c² の中身
結論:音の圧縮は速すぎて熱が逃げる暇がない(断熱変化)ので、dp/dρ = γP₀/ρ₀ ≈ 118,000 (m/s)² となり、音速は 343 m/s になります。
小さい量 ÷ 小さい量でも、比は大きい
94 dB の音では、音圧の変化が約 1 Pa、密度の変化は約 0.0000085 kg/m³ です。どちらも小さいですが、比をとると:
空気は「軽い(1.2 kg/m³)のに、圧力は大きい(約10万 Pa)」媒質です。ほんの少し密度を変えるだけで、圧力が大きく跳ね返ってきます。この「跳ね返りの強さ」が dp/dρ です。
ニュートンの計算はなぜ15%ずれたか
dp/dρ の値は、空気が縮むときに温度がどうなるかで変わります。
| 仮定 | 圧力と密度の関係 | dp/dρ | 音速 |
|---|---|---|---|
| 等温変化(ニュートン, 1687年) | P ∝ ρ | P₀/ρ₀ ≈ 84,400 (m/s)² | 約 290 m/s |
| 断熱変化(ラプラス, 1816年) | P ∝ ρ^γ | γP₀/ρ₀ ≈ 118,000 (m/s)² | 約 343 m/s |
| 実測(20°C) | — | — | 約 343 m/s |
ニュートンは「縮めても温度は変わらない」と考えました。しかし実際には、空気は縮むと温まり、温まった分だけ圧力がさらに上がります。そのぶん空気は「硬く」なり、音は速くなります。γ は空気(主に2原子分子の窒素と酸素)で 1.4 です。
dp/dρ = γP/ρ の求め方(ポアソンの式)
断熱変化では、ポアソンの式 Pv^γ = 一定 が成り立ちます。v は単位質量あたりの体積(比体積)で、v = 1/ρ です。よって P ∝ v^(−γ) ∝ ρ^γ であることがわかります。
比例定数を k として P = kρ^γ とおき、ρ で微分します。
これを c = √(dp/dρ) に代入すると、c = √(γP/ρ) が求められます。P = P₀ + p で P₀ は一定なので、dp/dρ と dP/dρ は同じ値です。静止状態の値 P₀ = 101,325 Pa、ρ₀ = 1.2 kg/m³ を入れると:
(参考:等温変化なら γ = 1 と同じ形 P ∝ ρ になり、ニュートンの値 √(P₀/ρ₀) ≈ 290 m/s が出ます。)
なぜ断熱なのか(数字で確認)
1 kHz の音では、圧縮された部分の幅(半波長)は約 17 cm です。一方、空気中で熱が広がる距離は、半周期の 0.5 ms のあいだに約 0.1 mm しかありません。熱が隣へ逃げる前に、もう圧縮と膨張が入れ替わってしまうので、断熱として扱えます。
音速は温度で決まる
結論:音速の式 c = √(γRT/M) に T = 273 + t を入れ、t が 273 より十分小さいことを使って近似すると、c ≈ 331 + 0.6t が得られます。
① γ の値(比熱比)
γ は定圧モル比熱 Cp と定積モル比熱 Cv の比です。空気の主成分(窒素・酸素)は2原子分子なので、Cv = (5/2)R、Cp = Cv + R = (7/2)R です。
② 密度を物質量で書く
体積 V(m³)の中に n(mol)の空気があるとします。空気のモル質量を M = 28.8 × 10⁻³ kg/mol とすると、質量は nM なので:
③ 状態方程式で P と V を消す
c = √(γP/ρ) に①を代入し、理想気体の状態方程式 PV = nRT を使います。
n は約分されて消え、P も V も残りません。√(γRT/M) は、音速が温度 T だけで決まる(温度依存性)ことを表しています。
④ セルシウス温度に直す
T(K)= 273 + t(°C)を代入し、273 をくくり出します。
前半は 0°C での音速 c₀ です。R = 8.31 J/(mol·K) を入れると:
(モル質量をより正確な 28.96 × 10⁻³ kg/mol にすると約 331 m/s になり、実測値 331.5 m/s とよく合います。以下では c₀ = 331 m/s とします。)
⑤ t ≪ 273 を使って近似する
普段の気温 t は数十 °C で、273 より十分小さいので、x = t/273 は小さな数です。小さな x に対しては次の近似が使えます。
x = t/273 を入れると:
⑥ 近似の精度
| 気温 t | 正確な値 331√(1 + t/273) (m/s) | 近似 331 + 0.6t (m/s) |
|---|---|---|
| −10°C | 324.9 | 325.0 |
| 0°C | 331.0 | 331.0 |
| 20°C | 342.9 | 343.0 |
| 40°C | 354.4 | 355.0 |
普段の気温の範囲では、近似の誤差は 1 m/s 以下です。
- 音速は気圧ではなく温度で決まる。山の上で気圧が下がっても、密度も同じ割合で下がるので比は変わらない
- 0°C で約 331 m/s、20°C で約 343 m/s、30°C で約 349 m/s
- 軽い気体(M が小さい)ほど速い。ヘリウムでは約 1000 m/s で、ヘリウム声の原因になる
他の媒質との比較
液体では「体積弾性率 K(縮めにくさ)」を使って c = √(K/ρ) と書きます(固体では「ずれ」への硬さも加わりますが、考え方は同じです)。K = ρ × dp/dρ なので、中身は同じです。
| 媒質 | 密度 (kg/m³) | 音速 (m/s, 目安) |
|---|---|---|
| 空気(20°C) | 1.2 | 343 |
| ヘリウム(20°C) | 0.17 | 約 1000 |
| 水 | 1000 | 約 1480 |
| 鉄 | 7900 | 約 5900 |
水は空気の約800倍重いのに音は4倍速く伝わります。それ以上に「縮めにくい(K が大きい)」からです。音速は硬さと重さの綱引きで決まります。
第6章 ダランベールの解:どんな形も、崩れずに運ばれる
結論:波動方程式の解は、右へ進む形 f と左へ進む形 g の足し算で必ず書けます。どちらも速さ c で、形を保ったまま移動します。
f は「最初の形」
g がない場合(右向きの波だけ)を考えます。t = 0 では u(x, 0) = f(x) なので、f は t = 0 での波の形そのものです。
グラフ y = f(x) を右へ a だけずらすと y = f(x − a) になります。時刻 t には ct だけ進んでいるので、f(x − ct) は「最初の形を右へ ct 平行移動したもの」です。たとえば t = 0 に x = 0 にあった山は、時刻 t には x − ct = 0、つまり x = ct にあります。
灰色の点線が最初の形 f(x)、黒が時刻 t の形 f(x − ct) です。形は一切変わらず、ct だけ右へずれていきます。
本当に解になっているか確かめる
ξ = x − ct とおき、チェーンルールで微分します(f' は f を ξ で微分したもの)。
よって ∂²u/∂t² = c² ∂²u/∂x² が成り立ちます。この計算のどこにも「f が正弦波であること」は使っていません。f はどんな形でもよいのです。g(x + ct) も同じように確かめられます。
最初の状態から解を決める
最初の変位 u₀(x) と最初の速度 v₀(x) が分かれば、f と g が決まり、次の式(ダランベールの公式)になります。
例:止まっている空気に、ある場所だけ山形の変位を与えて離すと(v₀ = 0)、山は高さ半分ずつの2つに分かれて、左右に c で進みます。廊下で手を叩くと、音が両方向へ同じように広がるのと同じです。
薄い色の2つの山(右へ進む f と左へ進む g)を足したものが黒の線です。重なっている最初は高さ 1、離れると高さ 1/2 の山が2つになります。
正弦波は特別な場合
f = A sin k(x − ct) とおくと、おなじみの正弦波になります。k(波数)、角周波数 ω、周波数 f(関数の f とは別の記号です)、波長 λ の関係は:
| 周波数 | 波長(c = 343 m/s) |
|---|---|
| 20 Hz | 17 m |
| 100 Hz | 3.4 m |
| 1 kHz | 34.3 cm |
| 20 kHz | 1.7 cm |
音楽制作とのつながり
- 形が崩れない = 全周波数が同じ速さ。だから遠くの声も、低音と高音がずれずに届く(ただし実際の空気は高音ほど少し吸収されやすい)
- 遅延 = 距離 ÷ c。1 m で約 2.9 ms。スピーカーとマイクの距離差による位相ずれや、ディレイ補正の計算はこの式そのもの
- 反射 = 逆向きの g。部屋の定在波は、f と g が重なってできる
第7章 微分・2回微分は何を意味しているのか
結論:時間で微分すると「動きの速さ・加速」、場所で微分すると「隣との差(傾き・曲がり)」が分かります。波動方程式は「加速度 = c² × 曲がり具合」という意味です。
∂ と d の違い
u(x, t) は位置と時間の2つの変数を持ちます。∂u/∂t は「x を固定して、t だけ動かしたときの変化」、∂u/∂x は「t を固定して(写真を1枚撮って)、x だけ動かしたときの変化」です。p(ρ) のように変数が1つなら d を使います。
登場した微分の一覧
| 式 | 言葉で | 単位 | 音での意味 | 94 dB・1 kHz での大きさ(ピーク) |
|---|---|---|---|---|
| ∂u/∂t | 粒子速度 | m/s | 空気がその場で揺れる速さ。音速 c とは別物 | 約 3.4 mm/s |
| ∂²u/∂t² | 加速度 | m/s² | 運動方程式の左辺 | 約 21 m/s² |
| ∂u/∂x | ひずみ(伸び率) | なし | 密度変化と音圧を決める(p = −ρ₀c² ∂u/∂x) | 約 0.00001 |
| ∂²u/∂x² | 曲がり具合 | 1/m | 隣と比べてどれだけ凹んでいるか | — |
| ∂p/∂x | 圧力勾配 | Pa/m | 空気を押す力(単位体積あたり) | 約 26 Pa/m |
| dp/dρ | 縮めにくさ ÷ 重さ | (m/s)² | 音速の2乗 c² | 118,000 |
粒子速度 3.4 mm/s と音速 343 m/s は、約10万倍も違います。空気はゆっくり揺れているだけで、速いのは「揺れの伝わり方」です。
「曲がり具合」とは何か
結論:曲がり具合 ∂²u/∂x² は「傾きが場所によってどれだけ変わるか」です。物理的には「ある空気の塊の、右側と左側の圧力の差」を表しています。
グラフの言葉で
1回微分 ∂u/∂x はグラフの傾きでした。2回微分は、その傾きをもう一度微分したもの、つまり「傾きの変化率」です。点 x の右側と左側の傾きを比べると:
| グラフの形 | 傾きの変わり方 | ∂²u/∂x² |
|---|---|---|
| まっすぐ(直線) | 右も左も同じ傾き | 0(曲がっていない) |
| 谷の形(∪、下に凸) | 右へ行くほど傾きが増える | 正 |
| 山の形(∩、上に凸) | 右へ行くほど傾きが減る | 負 |
つまり曲がり具合とは、グラフが「まっすぐ」からどれだけ外れているか、そしてどちら向きに曲がっているか、を表す量です。
物理の言葉で
第4章のおまけで見たとおり、音圧は傾き(ひずみ)に比例します:p = −ρ₀c² ∂u/∂x。なので「右側の傾きと左側の傾きが違う」ことは、「右側の圧力と左側の圧力が違う」ことと同じです。
- グラフがまっすぐ → 左右の圧力が同じ → 押し合いが釣り合って、力は 0
- グラフが曲がっている → 左右の圧力に差がある → その差の分だけ力を受けて加速する
これが「加速度 = c² × 曲がり具合」の中身です。曲がり具合は、第2章の「圧力の差が空気を押す」を、変位 u の言葉で言い直したものなのです。
数字で見る
正弦波 u = A sin kx では、∂²u/∂x² = −k²u となり、曲がり具合は変位と逆向きで、変位に比例します。1 kHz では k = 2π/0.343 ≈ 18.3 /m なので:
変位のピーク 0.55 μm を掛けると、加速度は約 21.7 m/s²。第2章で圧力勾配から求めた約 21 m/s² と一致します。2つの見方が同じ現象を表していることが、数字でも確かめられます。
2回微分 = 「隣の平均」との差
場所での2回微分は、差分で書くと次のようになります。
角かっこの中は「左右の隣の平均 − 自分」です。つまり波動方程式は:
空気の各部分は、両隣の平均の位置に向かって引っ張られ、その引っ張りの強さは c² に比例する
という意味になります。
- 自分が両隣より出っ張っている(山の頂上)→ 戻る向きに加速
- 自分が両隣より凹んでいる(谷の底)→ 持ち上がる向きに加速
- まっすぐな傾きの途中 → 両隣の平均と同じ位置なので、加速しない
これはバネでつながったおもりの列とまったく同じ仕組みです。おもりが空気の重さ(ρ₀)、バネが空気の縮めにくさ(dp/dρ × ρ₀)に当たります。バネが強いほど、おもりが軽いほど、揺れは速く隣へ伝わります。
下段の白抜きの点が両隣の平均です。オレンジの点(自分)はいつもこの点に向かって引っ張られ、離れているほど強く加速します。山の頂上では下向きに、谷の底では上向きに引っ張られることも確認できます。
時間の2回微分と場所の2回微分が等しい意味
第6章で見たとおり、u = f(x − ct) なら「時間で微分」と「場所で微分」は c 倍の違いしかありません。形が速さ c でそのまま流れているので、ある地点で時間とともに見える変化と、ある瞬間に場所ごとに見える変化が、同じ形になるからです。オシロスコープで見る波形(時間軸)と、空間に広がる波の形(場所軸)が、左右反転して c 倍に引き伸ばされただけの関係になります。
まとめ:本質的に何を得たのか
得たものは「音の速さは、空気の硬さ(縮めにくさ)と重さ(慣性)の比だけで決まり、どんな音の形もその速さで崩れずに運ばれる」という事実です。音の物理に特別な法則は要らず、ニュートンの運動方程式と質量保存だけで説明できます。
4つの式で振り返ります。
- 力(運動方程式):圧力の差が空気を加速する
- 連続の式:変位の傾きが密度を変える
- 状態方程式(断熱):密度の変化が圧力を変える。その比が音速の2乗
- 波動方程式とその解:1〜3をチェーンルールでつなぐと得られ、解は左右に進む2つの形の和
途中の近似(ρ ≈ ρ₀、dp/dρ を定数とみなす)は、音の揺らぎが大気に比べて10万分の1程度と小さいから成り立ちます。逆に、爆発音や衝撃波のように揺らぎが大きくなると近似が崩れ、波形は崩れていきます。
次の一歩としては、3次元に広げた波動方程式(球面波と距離による減衰)や、音響インピーダンス p/(∂u/∂t) = ρ₀c(空気で約 413 Pa·s/m)に進むと、スピーカーや部屋の音響につながります。